【前回記事を読む】「大老が桜田門で殺められて2ヶ月…この文を国元まで頼む」慌てて駆け出す安兵衛――まだ日本にマラソンという言葉がなかった頃…

走れ安兵衛 ―安兵衛の恋・逢わずして許我こがゆく駕籠に―

(シナリオ)

《古河城下(夜)》

闇の中で一人の武士が刺客に襲われる。

刺客「青柳殿、攘夷の敵! 覚悟!」

《古河藩・大杉家老の屋敷(日替わり)》

安兵衛が大杉監物(40)の面前で額を畳につけている。

《大杉の封書を持った手が震えている。》

大杉「馬鹿者! このうつけが! 手紙が遅れなければ、青柳が襲われなんだ」

安兵衛「……(額を畳につけたまま敷居まで退後(あとずさ)りしている)」

大杉「切腹ものだぞ、安兵衛。……追って沙汰する」

肩を落として退去しようとする安兵衛に大杉が声を掛ける。

大杉「事情を申してみよ、安兵衛」

安兵衛、廊下に平伏する。

安兵衛「実は、途中で、倒れている男を……」

×   ×   ×

安兵衛N「粕壁宿近くの松並木の下を通りかかりますと、初老の農民風の男が、腹を押さえて倒れていました。とても苦しそうでしたので、どうしても放っておけず、粕壁の宿に連れて行きました。すると、どうしても今日中に吉原に十両の金を届けないと娘が身売りされるというのです。医者の話だと、二、三日は動いてはいけないというので、私が……」

×   ×   ×

大杉「それで、お前が代わりに吉原まで金を届けたというのか?」

安兵衛「……は、はい」

大杉「……もうよい。家で謹慎し沙汰を待て」

安兵衛「は、……はい」

《安兵衛の家・玄関》

安兵衛が入って来ると、ぎんが出てきて、

ぎん「いかがでしたか? 大杉様」

安兵衛「うむ、ぎん、頼みがある」

《同・部屋》

ぎんが神妙に正座している。

安兵衛、笥箪(たんす)の奥から袱紗(ふくさ)を取り出し、その中から金子を出す。十両ある。

安兵衛「(五両を持って)五両ある。これで、借金を返してくれ」

残りの五両をぎんに渡しながら、

ぎん「旦那様、これは?」

安兵衛「お世話になった気持ちだ。五両ある。少ないが、これで田舎の娘のところへ行ってくれ」

ぎん「(心配そうに)旦那様」