難しい手術の前は綿密な計画とイメージトレーニングを行うが、イメージどおりの結果を出すことが出来て患者の経過が良かった時の達成感は筆舌に尽くしがたい。人間という生物の体が、生きていくためにさまざまな仕組みを必要としていることを目の前で実感することが出来るのは、何物にも代えがたい財産でもあるしな。

医療は生まれてから死ぬまでのさまざまな場面で絶対に必要となる。そうやって患者の人生に寄り添い関わることが出来て、彼ら彼女らの人生に対して良い影響を与えられた時の喜びは至上といってもよいだろう。だからワシはこの道を選んだことに一分の後悔もない」

最後まで言い切ると景浦は大きく息を吐いた。息が上がったと言ったほうが正しいかもしれない。語っている途中で今までに触れ合った多くの患者とその家族の顔が浮かび、決まって笑顔で消えていく。

十年以上も前に執刀した高齢の患者はその多くが既に鬼籍に入っているが、それだけの期間が経っていながらも親族から『穏やかな最期を迎えられた』と連絡が来ることもある。手術が成功したところでたった数年寿命を伸ばしただけに過ぎないのかもしれないが、リミットが迫った者たちの数年はそうでない者たちの数十年以上の価値があるのだ。

演説にも近い景浦の口上を間近で聴いた若菜は流れに身を任せる鯉たちに目をやり、僅かに口角を上げた。

「そうやって目を逸らしたくなるようなことも隠さずに言ってくれる景浦さんを見てきてよかったです」

「若菜……」

「私はそんな景浦さんを間近で見続けていたからこそ、医者に憧れないという選択肢はあり得ませんでした」

その言葉を聞いて景浦は決めた。この子が医者を目指すというのなら全力でサポートしよう、と。前々から何度も相談を受けていたわけでもない他人の男が判断するには浅はかかもしれない。だが思い立ったが吉日。何度も相談されてじっくりと時間を掛けて悩んだところで、心の琴線に触れなければ結果は変わらないのだ。

「あとね、もうひとつあるんです」

「もうひとつ?」

「うん。おじいちゃんが景浦さんからよくブラックジャック借りてくるでしょ?」

「あ、あぁ」