「お前、アホか! 自分の殻を破りたいんだろうが!!」北井の怒声が会議室に響き渡る。

「営業して断られても前に進むメンタリティが欲しいんだろ? だったらなんで自分から営業を教えてもらわねーんだ!」

北井はザッと立ち上がり、会議室の窓に近づいた。そして六本木の街を指差した。

「おい、下を見てみろ。あれだけ人が歩いてる。この中に見込み顧客がいるかもしれない。お前、いまから下に行って営業してこい」

「……い、いまからですか……」

桐谷は顔面をひきつらせた。冷や汗が額を伝う。

「そうだ。いまから名刺配ってこい。名刺10枚もらってくるまで戻ってくんな」

桐谷はうつむいた。なんせ営業をしたことがない。ましてや、知らない人に声をかけるなんて桐谷にとってはハードルが高すぎる。

桐谷は下を向いたまま、固まった。

「早く行けよ」

北井がカウントダウンを始める。

「5、4、3、2」

桐谷はズボンのももを、ギュッと握りしめた。

「1、終了。お前、来週から富士支店な」

「……富士支店? どこですか、それは……」

「静岡県の富士市。富士山のふもとにある支店だ。富士支店はいま全国150支店中、売上が最下位だ。しかも、先日支店長が飛んだ。お前が行って立て直せ」

「僕が? 富士に転勤ということでしょうか……」

「そうだ。変わりたいんだろ? チャンスをやるよ。富士支店の支店長だ。悪くねーだろ」

北井はニヤッと笑って続けた。

「まぁ、社員はお前一人だけどな。あ、一応アルバイトが一人いるわ」

(これは……左遷じゃないか……)

そう言いかけたが、桐谷は奥歯を噛みしめグッと堪えた。何を言っても無駄だと悟ったからだ。答えは「はい」か「YES」しかない。それがナイスホープの掟だ。新潟の田舎から上京し、憧れの東京で就職した。親に苦労をかけて大学まで出してもらい、ようやくつかんだ東京での社会人生活。その生活を、入社たった2か月で手放すことになった。

悔しさと、親への面目なさで、視界がじわっと涙で滲んだ。

そんな桐谷を嘲笑うように、

「ま、頑張れや」

そう言って、北井は会議室から出ていった。

翌週。桐谷は東京のアパートを解約し、リュックサック1つを背負って、富士へ向かった。

次回更新は4月2日(木)、8時の予定です。

 

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