【前回の記事を読む】諦めて帰ろう。そう思って踵を返すとドアが開く音がした。「お待たせして、すみません」その顔を見て、心臓がどくんと大きく脈打った。
第四章
「そうかぁ。それは大変だったね」
前園さんは僕が買って帰った餅を口いっぱいに頬張っている。さっきまで餅に対して、渋いだのなんだの言っていたくせに、すぐ気に入ったようだ。
ある日の大学帰り、たまたま同じ授業を履修していた前園さんと近くのファミレスに入った。そこで僕はこの二日間であったことを彼女に話した。
ただし、内容を深く話すつもりはないので、会いたい人に会いに行ったものの、会うことができなかった。また、その人の母親には会えたが、僕のことをよく思っていないようで、追い返されてしまった。そんな感じで伝えた。
「優くん、その女の子になにかしたの?」
ドキリとした。普通はもっと当たり障りのないことを訊くだろう。いろんなものをすっ飛ばしてストレートに訊いてくるとは、さすが彼女だ。
「いや、別に大したことではないんだけど」
「やっぱり女の子なんだ」
「え?」
「優くん、相手の性別も言わないもんだから」
まさか今、鎌をかけられたのか。せっかく隠していたのに。肩を落とす僕を横目に、前園さんは目を輝かせている。
「そうかそうか。女性問題か。うぶそうな見た目をしていながら、意外と肉食なのねー。俄然やる気が湧いてきました!」
「なんでよ。っていうか黙っててね。面倒なことにはなりたくないんだから」
「当たり前です。むしろ私しか知らない優くんの秘密なんて、大変嬉しいね」
前園さんは、また大きな口を開けて餅を咥える。一箱六個入の餅はすでに残り二個。一個は僕が、二個を前園さんが食べ終え……、今前園さんにとっての三個目の餅がなくなったところだ。
彼女は嬉しそうに美味しいと繰り返す。お土産を気に入ってくれたのは嬉しいが、このファミレスは飲食物の持ち込みをしても問題ないのだろうか。先ほどから脇を通る店員の目が怖い。
「優くんは、それで逃げてきちゃったわけだ」
前園さんは突然会話を元に戻す。
「逃げたっていうか、そんなんじゃないよ。今日は授業がある日だし、明日はバイトがあるし」
「なんでそんなにむきになってるの?」
「それは前園さんが変なことを言うから―」
「じゃあまた、その女の子のところに行くの?」
「そんなこと、前園さんに関係ないでしょ!」
はっとした。思わず前園さんの方を見ると、彼女はひどく蔑んだ目でこちらを見ている。
「なんか、ずっとアドバイスしてたのがばかみたい」
「あ、いや。違うんだ。その―」
「なにも違くないでしょ? 呆れた。もう少し頭のいい人だと思ってた」
「どういうこと?」
「言葉のままだよ」
前園さんは餅の箱を突き返すと、荷物をまとめる。