column 教師の役割は、伸びたがっている子どもに手を添えること
教育とは『知識を教え、子どもはそれを覚える』ことと考えられていた時期が長く続きました。それでも一部の教師が『教えられるのを待つのではなく、自分で解決できる力をもつ子どもを育てるべきだ』と授業改善をしてきたおかげで子どもに問題解決の力を身に付けさせるべきだと教育観が転換されました。
多くの教師はそれを、与えた問題を「どう解決するか」だと考え、かく言う私も次から次へと手を打ってそのように子どもを伸ばそうとしました。
しかし、経験を積むうちにだんだんとそうではなくて、『子どもは伸びたがっている』『自分でできるようになると自分から伸びようとする』、だから教師はそれに“手を添える”のが役割ではないかと感じるようになりました。子どもが『~たがる』状況を設定すれば、あとは子どもの後押しをするだけでよいのです。
成長につれ、子ども自身で問題を発見することも多くなります。その問題意識を喚起するだけで、子どもは自分から解決したいと懸命に学び、解決すると次は条件を変えたりモノを変えたり、『こういう場合はどうだろう』と関連する問題を解決しようとするのです。
この流れこそが本当の学びではないかと考えます。与えられた問題をうまく解くことも大切ですが、自分から問題を見つけることは主体的に生きる上でさらに高次な能力と言えます。
4. 男女一緒に『いのち』の授業〜子宮ってなあに?〜
LGBTやジェンダーなどの用語を頻繁に目にするようになり、最近では性の多様な価値観について大きな流れが生まれています。大切なことですが授業は難しくもあります。
それに比べて男女両性の観点だけで授業ができた私の時代のことは参考にならないかもしれませんが、命の大切さについて実践しましたのでそれを紹介することから論を起こしました。
今、多くの若者の自死が報じられています。由々しきことであり残念でなりません。その原因の一つには、命がどのように誕生しどのように育まれてきたかをきちんと教えられてこないまま大人になっていくことにもあるように思えるのです。
授業ではやりにくい内容だからと軽く扱う教師も少なくないのですが、自分の命の誕生から成長までのプロセスはどの子にとっても強い関心があります。
だから教育の場では主体的に学ぶことができる内容なのです。その導入的な段階として、多感でしかも知的にも受け入れが可能である小学校高学年には最適だと考えます。そこで子どもたちが無理なく実感を伴って『自分の命の誕生』と向き合えるように工夫して授業を実践しました。
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