差別されない権利の観点で憲法を見直すことの最大の効用は、個人の尊重あるいは個人の人格の根源的平等性といった抽象的概念ではクリアに捉えることの難しい、具体的な権利の正当性(憲法の根本原理と整合しているか)を、差別の定義に基づき容易に判定できることにある。
なお以下、具体的な権利を規定した条文の捉え直しに当たっては、その権利の行使が、差別されない権利を侵害することはないか[注1]、その権利の行使が公共の福祉の観点で制限を課されることはないか、制限を課される場合それが差別されない権利を侵害することはないか、に特に焦点を当てて見ていく。
憲法の捉え直し
■前文
前文で権利に陽に言及しているのは「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」のみ。
この前段で「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において……」と書かれていることから、ここで確認されているのは、誰もがひとしく隷従等の差別による不利益を被らず安全に最低限度の生活を営む権利を持っていること、と読める。
この部分について、樋口・憲法(144頁)は、人権発展史の流れを、恐怖から免かれる権利=自由権、欠乏から免かれる権利=社会権から、平和のうちに生存する権利への展開として受けとめ、先行して実定化された自由と生存の権利も、平和が確保されてこそはじめて享受できるものとなることを、明らかにしたと読める、と書いている。
その読み方に異議はない。しかしながら、平和とは具体的に言えば、専制・隷従・圧迫等のない状態、つまりそういった差別のない状態を意味することを踏まえれば、この部分は、全世界の国民が差別されない権利を持つことの宣言を含意していると読むのも妥当と考える。