寝間の男女に刃物を振り回している己の姿が鏡に映ったその刹那、女は急速に自分を取り戻していった。傍らの若く白い柔肌(やわはだ)の女と、鬼となった己の姿の対比。なんと浅ましい姿だろう。愛しいお方にこの姿を見られてしまい、消えてなくなりたいと願ったところまでは覚えていたが、その先は記憶が定かではなかった。
ふたりの話に耳を傾けていた老婆も、今の今まで忘れていた自分がしでかした凶行が、ふと目の前に立ち現れ愕然とした。
「ああ、私はただただ、あの子を救いたい一心だったのに」
老婆はその昔、仕えていた主(あるじ)の幼子の病を癒やすため、妙薬を求め旅をしていた。
そうして辿り着いたのがこの地の果てだった。妙薬が人の肝だと知ると、そのために幾人もの旅人を手に掛け、だがその全てが徒労に終わった。
「ふうっ」と老婆は大きなため息を吐いた。
生きながら鬼になった女たち。
かなわぬ恋の行く末に、身を滅ぼすとわかっていながらその道を選んだ女、抑圧されていた嫉妬心が膨れ上がり自己を見失った女、しでかした凶行に恐れ慄き己の姿を浅ましいと嘆く女。
だが、鬼となったことを女たちは決して悔やんではいなかった。
「それもまた人というもの」
呟いたのは、はたして誰だったのか。
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