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さらに、もう一つの際立った特長はその色使いである。画面の背景には赤色が使われているが、この赤が実に不思議な雰囲気を醸し出す色彩だった。最初、外から一瞥したときは、この赤は非常に派手で視認性が高く、かなり刺激的に見えていた。

しかしこうして手に取ると、赤は赤でも、遠くから見るのとは反対で、今度は深くて落ち着いた赤のように変化しているのである。おまけに赤い背景の表面に、わずかに垣間見られる複雑な濃淡のパターンが、全体に濃密な印象を与えている。

宗像にはこの赤色を、いや緋色と呼んだ方が分かりやすいかもしれないが、確かにどこかで見た覚えがあった。しかし程なくして、緋色の記憶から引き戻され、再び絵を見ると何かが変だと気がついた。フェラーラのサインがどこにもなかったのである。

「リトグラフにしては少し妙ですね。サインがありませんし、エディション・ナンバーも?」

「いや、フェラーラのサインは裏にございます。エディション・ナンバーも同じこと……」

なぜサインが裏にあるのか? 変なことを言う男だと宗像は訝ったが、額を手に取って裏返すと、どういうわけか裏蓋はガムテープでしっかりと封印されている。値段を尋ねると、六百ポンドだという。リトグラフのようなものだとすれば、額付きだし妥当な価格だろう。しかしフェラーラという名の夭折した天才画家のものだとすれば本当はどうなのか?


「額はいりません。絵だけが欲しいのです」
宗像は注文を付けた。

「それでは額抜きで五百ポンドにいたしましょう。この額は良いものですからね」

「四百ポンドでは?」
今度は宗像が指し値をした。

「そ、それは、とんでも……。まあ、でもせっかくお知り合いになったのですから、これで最後。四百五十ポンドにさせていただきます。何しろフェラーラの限定プリント。しかも最後の一枚ですぞ」

「分かりました。それで買いましょう。ガムテープを剥がしてサインを見せてください」