【前回の記事を読む】公園のブルーシートで暮らす男に、放火魔の容疑が…先住のホームレスに話を聞くと、ある事実が発覚した…
サイコ4――人体発火
「ここに10万あります。これで何とかお願いします」
翌朝、鍬下は事務所で賽子に金を出し、頭を下げていた。隣で見ていた麻利衣はあまりのことに唖然としていた。
「鍬下さん、いいんですか。警察官が探偵にお金なんか払って」
「もちろん違法行為だ。だが、逮捕から48時間以内に大野に口を割らせなければ釈放しないといけなくなる。元々身元が分からない奴はおそらくすぐに行方をくらますだろう。そうすればこの事件は完全にお宮だ。
こんなことに一々金を払っていたら身が持たないが、僕はあいつが羽牟さんを殺したと思っている。絶対にあいつに口を割らせて羽牟さんの無念を晴らしたい。
だが僕の力ではここまでが限界だ。賽子さんの力でぜひ事件を解決していただきたい」
「随分安く見られたものだが、この事件は私にも関わりがある。やむを得ないだろう」
賽子が言った。
「ありがとうございます」
「新宿の放火殺人事件だが、被害者の多田氏は骨まで炭化するほど焼き尽くされていた。これは通常の火災ではありえない。遺体や部屋からガソリン等の燃焼促進剤も検出されなかった。
彼は午後10時に帰宅しており、これはマンションのエレベーターの防犯カメラでも確認されている。つまり、わずか2時間の間に事件に巻き込まれたわけだが、この間マンションに不審な人物は出入りしていない。
従って、以前指摘したとおり、この放火殺人はパイロキネシスによるもの。つまり、犯人は西須悠雅で間違いない」
「じゃあ、あの大野がやはり西須悠雅……。でも西須は何故多田さんを?」
「おそらく神撰の指示だろう。神撰の活動資金は軍需産業に携わっている複数の企業からの寄付金がメインだが、一部は内閣官房報償費で補われている。最近、宮本総理は報償費の削減を関係各所に指示しており、多田氏は総理の方針の積極的な推進者であり、内密に神撰の予算削減を計画していた。
予算削減は神撰にとって死活問題だ。そこで神撰は悠雅に多田氏の暗殺を指示した。程よくやれば、単なる失火による焼死で済んだものを、少々焼き過ぎてしまったようだ。そしてこの超常現象に公安が気づき動き出した」
「ハムが? 何故」
「公安は元々、防衛省の秘密組織である神撰が今までにも超常現象を使って数々の暗殺事件を起こしてきたことを把握しており、快く思っていなかった。そして常にその実体にメスを入れようと努めていた。
今回は神撰に対立する有力官僚の暗殺だ。公安はメンツにかけて神撰の実態調査を始めようとしていた。それを妨害するために神撰は今回の事件が超常現象ではなく、一般的な事件だと強弁できる論拠が必要だった。
それがその後に起きた2件の放火殺人、いや、殺人放火事件だったのだ。殺害した被害者の死体を一旦外に運び出し、工業炉で多田氏の死体と全く同じ状態になるまで燃焼させ、再び被害者宅に戻し放火したのだ。これで、多田氏も同様な方法で殺されたと主張することができる。
もちろん子供だましではあるが、公安の捜査を妨害するのはどうせ神撰の息のかかった有力政治家だ。細かな矛盾点があっても、強弁されれば押し切られてしまう」
鍬下と麻利衣は唖然として賽子の話に耳を傾けていた。
「そんなことが……。でも、大野が、いや、西須が口を割らなければこの事件は闇に葬られてしまいます。一体どうしたら」
「久しぶりに西須悠雅と会って話をするしかあるまいな。神撰に反発していたあいつが今、どういうつもりで奴らの指示に従っているのか、直接確かめないといけない」
賽子の瞳がギラっと輝いた。
賽子は所用のため、その日の午後9時に警視庁を訪れると約束した。鍬下は先に本庁に戻り、小川に大野の知人かもしれない女性がいるので面通しさせてほしいと依頼しておいた。
約束の午後九時になって、麻利衣と賽子が窓口を訪れたと連絡があったので、取調室に案内するよう鍬下は職員に依頼した。しかし、取調室にやってきたのは麻利衣一人だった。