【前回の記事を読む】【四国お遍路】「気持ちの維持」が難しい“焼山寺のあと”——多くは、志半ばで帰路につき「挫折」と表現されるが…

第1章 発心の道場――徳島県[阿波の国]

5日目 「弘法大師に招かれた」のか(3月17日)

16番札所光耀山千手院観音寺(かんおんじ)は、のどかな住宅地の中にあり、こぢんまりした佇まいです。しかし、その規模と不釣り合いなほど、和様重層の堂々とした鐘楼門と寄進額を彫り込んだ石柱で囲まれており、歴史の重さを感じます。

広大な敷地に荘厳な建物のある霊場もさることながら、そこに立つと親しみの中にも歴史の重さや幾年もの間住民の想いを受け止め支えてきた祈りの声が「心に沁みてくる」空気感のある場がもっと好きです。

17番札所瑠璃山真福院井戸寺は、その昔、このあたりは水質が悪くひどく濁っていました。弘法大師は、四国巡錫(じゅんしゃく:僧が錫杖を携えて各地を巡り歩いて教えを広めること)の折り、村人の悩みを聞き錫杖で井戸を掘り、清水を湧かせた。

こうした井泉(いせん:井戸また井戸の水)にまつわる逸話の多くは、「中をのぞいて水に姿が映れば無病息災、映らないと不幸に遭う」等々です。

これは、常に水面(みなも)に顔が映るほどしっかり管理するように戒めるためのお話なのかも知れません。

JR徳島駅前の宿には、だいぶ早く着き、ゆっくりと身体を休めるべく、陽が高いうちからお風呂に入って、昨日の夜から今日一日で感じたことを思い浮かべました。

今日一日を歩き切ったことで、遍路宿の方のいう「弘法大師に招かれた」のでしょうか。

たかだか5日間、106キロ歩いただけで、まだ45日、1000キロ以上も残っています。難所の焼山寺一ヶ所越えたくらいで「弘法大師に招かれた」とは、楽観視過ぎです。

お遍路を止めてJR徳島駅から帰路につく人と明日も歩ける私の違いは何なのか、その分かれ道には何があったか等々、小さな窓から何を見るともなく外を眺めながら考えていました。

いつしか、小さな窓から差し込むあかね色の夕日が沈み、代わりに影絵のように黒い平面となったビルを様々な色で浮かび上がらせる繁華街の夜景になっていました。

足が止まるという現実に触れ、就寝までいつもよりも長い時間を過ごしてしまいました。

コンビニの駐車場で休憩