【前回の記事を読む】彼は「ダメだった」と低くつぶやいた。飲み残しのカップをシンクに置きながら――人を思いやるが故のホーム長の苦悩
第一章 介護は人生の循環
「介護マニュアル」にはないだろうプラスアルファの思いやり
Tさんは転倒した場合のことを考慮されてだろう頭に帽子様のものを被っている。食事中のダイニングでもそのままのことが多かった。食事中の時だけそれを外すスタッフもいた。(帽子はうっとうしい。)
ある時新人スタッフ(今年大学を出て入ってきた新人)がTさんの車椅子を押してきてテーブルに着くとその帽子を外して車椅子の取手のところに掛けた。そこまでは今までも見ていた。ところが彼は帽子を取るとTさんの乱れた髪を両手で撫で下ろし整えていた。その仕草を見た時私は彼の思いやりに心を打たれた。
しかも私がこのことを幻冬舎の担当者に伝えるとこんな返事が届いた。「──その方の介護のお仕事に対する姿勢について非常に感銘を受けました。帽子を直すという行動一つとっても人としての真摯さや思いやりが表れているのだと思います。──改めて襟を正し自分の仕事に取り組んでまいりたいと思いました」
彼のなにげない一つの仕草が介護とは全く関係のない異業種の人にも(仕事に真摯に取り組んでいる人、という但し書きは当然だが)共感を与えることに感銘した。
この帽子についてはもう一つのエピソードがある。新人の女性スタッフに私は「帽子を取ってあげてね」とジェスチャーで伝えた時のことである。(テーブルが離れているので声ではなくジェスチャーをしたのだ。)彼女は「わかりました」というふうに手を合わせ会釈した。ダイニングを出る時彼女は「教えて下さってありがとうございました」と私に礼を言ったのである。
このスタッフも新卒の青年だった。食事の介助を必要とする入居者のお手伝いをしていた。その合間に向かいの入居者の体を抱きかかえるようにして姿勢を正していた。心身が弱ってくると体は体重に押され前方にすべってくる。その体をかかえて椅子の奥に直していた。
体が奥に行くと自然とそれに伴って上半身が伸び、食事も食べやすくなる。それもその食事中二度姿勢を正していた。しかも口の狭い器を口の広い器に替えてやっていた。スプーンの運びがスムーズになるためだろう。
食事のフォローだけではなかった。ショートステイで入居してきた男性がいた。ホーム側では男性は男性のテーブルと決めているムキがある。この男性も二人の男性のいるテーブルに案内された。大体男性は会話を楽しむ人は少ない。黙って入ってきて黙って出ていく。このショートステイの男性が入ってきて三日目のことだ。