【前回の記事を読む】あの時の叱咤激励があるからこそ、今の私がある。恩師を偲んで、「次世代に医療を繫ぐため」に――
随想 素晴らしき出会い
5 「1年待つ」ということ
「学生村」は昭和35年頃から信州の高原や山間にある村で村おこしの試みとして始まり、その後涼しく快適な勉強と憩いの場として都会の若者が利用したと言われている。
信州の学生村は最盛期では県下で50地区にまたがり存在し、利用案内では勉強を目的に3食付き、7泊以上で申込みとなっていたようだ。
私は予備校の参考書や資料をリュックに背負い平塚から東海道線で新宿まで行き、新宿から中央線の夜行列車「アルプス」で松本駅、それから乗り換えて新島々まで、その後バスで乗鞍高原へと向かった。
学生村には利用規律(毎朝5時頃〜7時半、8時半〜12時頃、13時頃〜15時頃は勉強、その後は自由にキャッチボール、ウォーキングなどして時間を過ごし、夜はまた勉強?)があり、あたかも学生寮といったものであった。
ここでは司法試験を受けるための浪人生や大学生、大学院生たちが勉強に励んでいた。私もここで2週間、勉強に明け暮れたことを覚えている。また、バーベキューをしながら立場の違う者同士がいろいろと自分の将来や世相を語り交流を深め、自分を見つめ直すきっかけにもなり貴重な体験となった。
高原の風は爽やかで、蕎麦畑の真っ白な花は絨毯を敷き詰めたように鮮やかである。勉強の合間に何度か、宿から徒歩で20分ほどの番所にある大滝に出向いた。