【前回の記事を読む】信州の村おこし、『学生村』…3食付きで勉強がはかどる避暑地として、浪人生や大学生、大学院生たちが勉強に励んでいた。
随想 素晴らしき出会い
6 大津絵、壬生狂言そして絵本
大型連休中であったが、京都とは違い訪問客は少なかったため大津絵をゆっくりと鑑賞でき、また静寂の中にも歴史を感じさせる庭園散策も十分堪能できた。
ここから数分ほど歩き、今では大津市で1軒のみになってしまったという大津絵の店(高橋松山)を訪ねてみた。
残念ながらその四代目絵師は不在であり、その代わり店の人が応対をしてくれた。「大津絵の特徴と魅力は人間風刺にあり、江戸中期から人の愚かさや滑稽さを表した風刺画が描かれるようになった」という。
確かに最も代表的な「鬼の寒念仏」は僧衣をまとう鬼は偽善者を表し、顔かたちは鬼なのに衣装と小道具だけまねても無駄だという意味があり、さらに片一方の角が折れているのは「我を折れ」という教えが表現されている。
また、「猫と鼠」はいつか食べられる身なのに猫と仲良くしようとする身の程知らずの鼠を描いており、一筋縄ではいかない人の心や人間関係を表現している。
軽やかであるがとても奥が深い大津絵を堪能した後、額縁をお土産とし、大津市発祥の老舗の和菓子屋に立ち寄ってから、京都市内のホテルに向かった。
ホテルのロビーは各地からの観光客で賑わっていたが、一角のブースに壬生寺に家内安全の念佛(ねんぶつ)を書いた炮烙(ほうらく)(素焼きの土鍋)を奉納するというコーナーが設けられていた。
これはこの炮烙を舞台から下に落とし、粉々に割れると厄を落とせると言われているものらしい。翌日恩師が誘ってくれている壬生狂言の演目の一つに「炮烙割(ほうらくわり)」があり、奉納した炮烙が使われると聞き、筆で厄除大念佛と書き我ながら大いにご利益を期待した。
壬生狂言は鎌倉時代、壬生寺中興の祖である円覚上人が創始したもので、身振り手振りの無言の所作で念佛の教えを説いたと伝えられている。
江戸時代には宗教劇のみならず能や物語などから取り入れられ庶民大衆の娯楽と発展した。現在、定期公開は年3回あり、春の公開は毎年4月29日~5月5日に上演されその演目は30曲あるという。
能狂言と違い、演者が仮面をつけ囃子に合わせて無言で演じる狂言を観るのは初めての経験であった。
当日は、5月の強い陽差しの下、恩師と一緒に炮烙割、愛宕詣(あたごまいり)、玉藻前(たまものまえ)、道成寺の4演目を鑑賞した。
炮烙割は序曲として演じられ、そのあらすじは「一番に店を出したものは税金を免除するという目代による奨励に対し、炮烙売(ほうらくうり)が一番乗りの鞨鼓売(かっこうり)を騙そうとしたが見破られ、結局鞨鼓売により焙烙を割られ鞨鼓売の方に税金免除の立て札が与えられた」というものである。