この見どころは積み上げられた多数の炮烙が豪快に落とされ、まさしく厄を吹き飛ばす光景であったが、一方、自分が商売とした炮烙が次々と割られ炮烙売が狼狽(ろうばい)していた様子がとても印象的であった。

恩師と最前列に陣取ったため、堅い木製のベンチに腰掛けて4演目を4時間続けて観るのは、お互い身体に堪えてしまった。

恩師とは次回の再会を約束しホテルに戻った。われわれが奉納した炮烙は今回登場せず、来年の節分に使われるということであった。

大津絵や壬生狂言には人間に対する勧善懲悪や戒め、さらに教訓など、歴史的に言い伝えてきたことが多数見受けられる。歴史を振り返ると様々な歴史がわかり、永遠の学びとなるようだ。

後日、私は父から1冊の絵本をもらった。父は満95歳で長年、幼稚園園長であり幼児教育に携わっていたため何冊か絵本を出版している。

この絵本も父が執筆したもので『やさしいおいしゃさん』というタイトルである。内容は「外遊びが嫌いな園児が遊びで骨折を起こし、嫌いだった病院で診察・検査・治療を通し医師、看護師、放射線技師と仲良く会話を重ね、外遊びの大切さを教わった」というごく単純なものである。

しかし、作者は絵本を通じて、子どもはけがの治療を受けることによって、医師から勇気づけられ励まされ、今までの生活や行動を振り返りこれからの生活を考えていく機会になる。

そして、信頼される医師の言葉は子どもにとって深く心に刻まれ、生きる力になることだろうと説明している。

確かに、最近の子どもたちの遊びは住環境の変容やゲーム、スマホの普及で生活が内向きになり、仲間との交流も変化し、地域で外遊びをする子どもの姿も見なくなってきた。

30年前、私の診療所の周りは、田んぼが開けて用水路のザリガニを捕まえたり、菜の花を摘んだりする子どもの姿をよく見かけた。

正月に凧揚げをしている家族を見るにつけ日本の文化を肌で感じた。しかし、今は住宅地となっても外で遊ぶ子どもの姿はほとんど見かけない。

一編の絵本にすぎないが、内容としては現在の社会の戒めや教育的示唆、さらに医師をはじめ医療従事者への敬意の念が込められていると感じた。

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大津絵や壬生狂言の鑑賞で歴史の一端に触れ、その背景を感じとることができ、さらに、この絵本からも読者へ向けてのメッセージを読み取ることができた。

社会からいろいろと学ぶことは楽しいが、常に医師として現実に目を向けることは齢(よわい)を重ねても必要なことであろう。改めて初心に帰る思いがした。

(令和4年5月)

 

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