「それは何とも……。何かのガンがどこかに隠れているという疑いも否定できませんし、もし、ただの腫瘤(しゅりゅう)であったとしても、それにより、胆汁や膵臓の液が流れる管を圧迫して腸閉塞を起こすなど、色々な弊害が考えられますので安心というわけではありません。そのへんの事を判断する材料が不足していますので確かな事は言えないのですが、深刻な状態から脱しつつあるのは確かだと思います。とにかく、今のところ食事も頑張って食べているようなので、急激にどうという事はないでしょう」
「残さず食べているとはいえ、食への欲求が薄れてきているのは確かです……」
「そうですねー……。今後、食堂に来るのが辛くなるようであれば、部屋で好きなものを食べてもらうというのも良いかもしれませんね」
「それなんですけど、車椅子をリクライニングにすれば、移動や食事も楽になるんじゃないかと思っているんですが……」
そこへ坂本師長が助言をはさんだ。
「あまり先回りして楽をさせない方が良いですよ。部屋の外に出るのもリハビリですし、体力減退が早まる恐れもありますので、もう少し状況を見ましょう。ご本人も、『食堂へ行くのは嫌じゃないし辛くない』って言ってましたので、大丈夫なうちは出来るだけ頑張ってもらいましょう……」
高瀬医師が説明を続けた。
「つぎに頭の方ですが……。こちらは少しずつ心配が大きくなってきています。今はまだ認知機能はある程度しっかりしていますが、これからもっと症状が進めば、自分が何処にいるのか、息子さんの事が誰かも分からなくなってしまうかも知れません。その場合、一例ですが、性格が著しく変わってしまい、穏やかで優しかった人が急に怒りだしたり、あばれて口汚く他人を罵ったり、そういうことはよくあるケースですので、まぁ、覚悟はしておいてください。ただ、それは脳のどこに障害が起こるかによって違うので何とも言えませんがね……」
初めに聞いた良い報せの方が、急に小さくしぼんでしまった。