第一章 青天霹靂 あと377日
二〇一六年
一月二十四日(日)
部屋へ行くと、母は動かない右足を動かそうと七転八倒していた。
「根性みせてやる……」と、繰り返し口にしながら、「うん、うん……、ヨシ子ちゃん、頑張れ……」と、自分を励ましている。
すると、ほぼ動かなかったはずの右足首をクイクイっとさせ、そしてついに、その足をベッドから下ろし、また上げた。
「ここまで、ここまで出来たよ……」と、母は誇らしげだ。
何回もやったのか……と、聞くと、「うん、今朝から何度もやってんだよ……」と、鼻を拭う。
あまり好きな言葉ではないけれど、いつしか私は「ガンバレ、ガンバレ」と、心の中で叫んでいた。
いずれ母の身体は動かなくなるであろう事を私は知っている。けれど、一縷(いちる)の望みと気力だけは最後まで無くしてほしくない。
早ければ三ヶ月……、そう言われたあの日から二ヶ月が過ぎ、けれども母の精神(こころ)の灯りは未だ消えていない。
病床の 寝台(ねだい)にしがみ
吾(われ)を鼓(こ)す
負けじ負けじと 唇歯(しんし)かみしめ
一月二十七日(水)
母が落ち着かない様子だ……。ナースコールを自分で押して「オシメ、オシメ」と、看護師を呼んだ。いつの間にか、母はトイレも使えなくなってしまっていた事を、私は初めて認識した。そういえば、ここしばらく母は私にトイレの介助を頼んでいなかった。
オシメの交換が済んだ後、看護師が言った。「ポータブルトイレ、使わないようであれば片付けてもいいですか……」
介護する側とすれば、必要のないものは邪魔でしかない……。けれど、「まだ置いといて、使う時あるかも……」と、母は拒んだ。
抵抗か、未練か、自尊心か……。