大型機ではなく古そうな機体で、これで極東の町から首都のモスクワまで約8時間も無事に飛行できるのか、たとえ初めての機内食なるものを食しても、女性のロシア人客室乗務員のサービスを受けても、空中を飛んでいるだけに余計に足が地につかない思いだった。
やがて無事シュレメーチェヴォ国際空港に着陸したが、国際空港とはいえ飛行場の殺風景な景色とだだっ広く迷路のような空港でのあまりの人影のなさに驚いたものである。
以下は2日間のモスクワ滞在記である。
モスクワでのホテルは、「ホテル・ウクライナ」という名前で、外観はまるで議事堂か何かのような荘厳な建物で、スターリン・ゴシック様式と呼ばれるものだということが後で分かったが、その名に恥じない堂々たるもので頂上に星を戴いた高さ206メートルもあるものだった。
恐らく70年代のソ連に旅行をした日本人は、この仰々しく威圧的なホテルに強制的に泊まらされたのではないだろうか。
なぜ、ウクライナという名前なのか調べたところ、その名称は建築開始後(建築開始は1953年)に決まったようだが、その時スターリンはすでに亡くなっていて、当時共産党中央委員会第一書記のフルシチョフは、ロシアとウクライナの併合300周年を記念してクリミア半島をウクライナに帰属させ、一連の事業の仕上げに、モスクワで最も高級なホテルにウクライナ・ソビエト社会主義共和国の国名を冠したとのことである。
モスクワ市内の観光だが、日本語を話すロシア人のガイドつきで、巡るコースも当然決められていた。そのなかで特に記憶に残っているのは、「赤の広場」で子供たちがレーニンのバッジと交換に我々日本人旅行者にチューインガムをねだってきたことである。