【前回の記事を読む】初恋の相手、おなかの子の死、抜け落ちた記憶――土下座ですべて告白した私に、妻は笑顔で……
あの世で、君と結ばれる
「私から言うのは何だけど、M子さんのことを大事にしてあげて」
異論はない。
「あなたが認知症になって、忘れてしまい、M子さんは、『何故、Fさんは何もしてくれないの。ぷっつり切れたままなの』と思っていたかもしれないわよ。菩提を弔ってあげて。思い出してあげて」
「よし、わかった。そうする」
俺は、すばやく立ち上がった。
「それじゃ、出かけよう」
「何も、今すぐでなくても……」
妻が、驚いている。
「いや、善は急げというからな」
「あわてんぼうね。何かしくじるかもしれないわ。惚けているのだから」
「M子のことを、思い出すことが出来た。もう、大丈夫だ。認知症は卒業だ」
「あなた、認知症、良くなったのなら、いいね。そうだったら、助かるし、嬉しいわ」
「一度には無理だけど、良いことを積み重ねたら、きっと良くなるよ」
俺は、妻に感謝の目を向けながら、近所の家まで聞こえるほどの大声で笑った。
「しーっ」
妻が、口に手を当てた。
まだ、朝の早い時間だ。まだ寝ている人が多いだろう。そのことを忘れていた。まだ、認知症は残っている。そう思い、苦笑いしながら、洗面所に向かった。
顔を洗ってから、書斎に入った。コンピュータのインターネットの画面をぼんやり眺めている内、真夜中の散歩で疲れて、机に突っ伏して、寝てしまった。善は急げと言ったけれど、眠気には勝てなかった。