25.積善の家には必ず余慶あり

善行を重ねる家には良いことがある、それは子孫にも及ぶという意味。2018年1月

わが家にはたくさんの神仏が祭ってある。仏壇があり、天照大神、大黒様、荒神様、お大師様、お稲荷さんがいらっしゃる。

毎朝、神仏にご飯とお茶を捧げ、手を合わせるのが日課だった。そんなこともあり、幼いころからこう教えられてきた。

誰も見ていないようでも神様や仏様はいつも見てくださっている。善い行いをしなさい。徳を積みなさい。いつも神仏に感謝することを忘れないように、と。

ご先祖様や父の兄弟は皆働き者で親孝行だったと聞いている。

身内のことを褒めるのは恐縮だし好ましくないが、客観的に見て、両親は人として尊敬に値するような人生を終えたと思う。

去年母が亡くなった後、近所に挨拶に行ったり母の友人知人に電話したりすると、皆「佐伯さんにはお世話になった」「この辺で佐伯さんの世話になってない人はいないよ」と口々に言われた。和尚様からも、両親がいろいろ尽くしてくれたと話を伺った。

私は、かつて年末にひき逃げの被害に遭い、12月末から1月半ばまで入院したことがある。幸い、そんなことも忘れるくらいに身体には傷が残らなかった。

事故現場である横断歩道の目の前が派出所だった。目撃者という方が名乗り出てくださり、加害者は判明した。

後日、警察署で「ひき逃げはなかなか目撃者が出てこないものだ」と聞いた。

証言してくださったのは、隣町のお坊さんだった。

私は神仏やご先祖様に守られたのだと不思議な気持ちになった。

若いころから挫折をくり返し、思うようにいかないことがたくさんあり、悩みも多い。が、私たち姉弟は皆身体が丈夫で、一般的には恵まれた環境に育ち、暮らしている。

これはご先祖様や両親の積善の恩恵だろう。

私には子どもはいないが、姪や甥やその先ずっと続くだろう子孫たちが穏やかで幸せな暮らしができるよう、善を積んでいこう。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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