この本番の人生に際して、多くの高齢者が「そんなこと出来ない。やりたくない。やれっこない。歳だ」と尻込みをします。やれば出来るのに実にもったいないことであります。
孫には「好き嫌いないように、嫌なことや難しいことも頑張ってやろうね」と諭すのに、自分は「出来ない」の一点張り。なんて我がままで矛盾した年寄りなんだろうか。しかも矛盾しているとは自分では感じていないところにそもそも問題があるのだが。
交通信号を見て「赤だから渡ってはいかん」と偉そうに教えるが、サッカーや野球はじいちゃんは出来ないと、急に消極的になる。ましてやスキーや水泳ともなれば、そんなものはとても出来んとそりくり返る始末。
孫から見ればじいちゃんは何て都合がいいのだろうと感じているに違いない。人間はやりたくないことは理屈を付けてやらなくてもいいものだ、許されるものだと教育しているようなものである。
うまく出来ようが出来まいが、柔軟性を失った脳は今までの長く苦しかった経験から「出来ない」「そんなこと出来るわけがない」と取り合わない。中には「若い頃なら出来たがこの年になると怪我をするといけないからやらない」などと格好や言い訳を付けてでもやろうともしない。
何の経験もない5歳のガキたちよりもたちが悪い。過去の経験による既成概念にとらわれたことをベースに生きていくのでは面白い老後が来るわけがありません。