その人は私の名前も分からなかったと思う。苦しみのまっただ中に新人職員の名前など入るわけもない。

なにか言ってほしかったわけでもないが、傍にいて私にできるせいぜいのところをした。

浴室の窓からさっと日の光が私たちの所へ当たって、利用者さんは口を開いた。

「ありがとう」

何度も何度も言われた。いえ、そんな、と言おうとしたが声にならなかったと思う。ただ、少し頭を控えめに下げたと思う。

なにもできなくても傍にいるだけで介護って成立するのかもしれない。

そう感じた。そう教わった。

神様のようなものがくれた時間だった。

それが私の核だ。

 

情人めいた人、松田さんにやっと話は戻る。

「傍にいるだけで介護は成立するものでもあると思うんです」と私は松田さんにそっと話をしたことがある。松田さんは、

「そうだね」

とやはりアームレストに肩肘をついて、優しく答えてくれた。色っぽい流し目はなかった。

 

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