やっと入浴介助に慣れたタイミングで、大腸がん末期の男性の利用者さんに携わることになった。出会った当初は「腰が痛くてよう」とソファに横になりながら、「これ俺の特技だよ」とハンカチからネズミを作る手品を見せてくれていたりした。

しかし、がんという病気は恐ろしい。「もの凄く痛い、動けねえ」とその人が言った日から、カタカタと体調は崩れていった。あっという間に、歩けていたのに車椅子、トイレに行けていたのに導尿ということになった。

ご家族の希望は「家で看取りたい、入浴はデイサービスでお願いします」ということだった。

そうなんですか、と上司の話を聞いたが私にできることはほとんどない。やっと人の体を洗えるようになったばかりだったので、なにもできない。

「ああ、もう全く死にてえよ、勝手にクソは出るしよ、腰が猛烈に痛いっつうのにお前たち俺にデイサービスに来いってのか、寝かせろよ、早く死にてえよ」

そう言いながら手品の上手な利用者さんは、男性職員に諭されつつ、ある朝デイサービスにやってきた。

入浴の時間の一番最後にその利用者さんはお風呂に入ることになった。チェア浴、椅子に座ったまま機械の浴槽に入る。その時は先輩と二人で入浴介助を行ったのだが、利用者さんが浴槽に入ったと同時に先輩が誰かに呼ばれた。

「じゃ、いろはさんは見守りをしていてね」

そう言われた。

ぽつん、と私と利用者さんは残された。朝の「全く死にてえよ」が思い出されて、私、なにもできることがない、と思った。言葉くらいはかけられるかもしれないが憚られた。仕方なしにタオルをその人の肩にかけて、なにも言わずに片手桶でそっとお湯をすくってかけた。ずっとかけた。