【前回の記事を読む】悟りのシャカムニ、「無知の知」のソクラテス——2人の思想の不思議な共通点とは?

序論

第一節 日本古代史への動機とシャカムニの思想および母系制と父系制についての序論

自己を洲として、因縁律、すなわち、相互関係律に関する考察を隅々にまでゆきめぐらし、人間関係・社会関係を考察しようとする時、ここには常に、人類進化の歴史というものが深く関わらざるを得ない。

人間関係の研究、人類進化の歴史学には、とりわけ、人類の家族制度の変遷史の研究が重要である。

人類の家族制度の変遷史には、既述の如く、母系制から父系制へという大きな流れがある。今日の民族の多数派は、日本を含めて、父系制社会である。男女平等社会への発展的先祖返りへの流れは、世界各地でようやく始まりかけてはいるものの、なお、未熟なままである。

たとえば、母性を護り、家事・育児を、私的労働から、社会的労働へと止揚する責務を、社会全体が担うべきであると思われるものの、母性を父性化する危険さえともなう現今の欧米的、ウーマンリブ的「女性解放」路線では、却っていまだ道遠しの感が強い、と筆者には感じられる。

大多数が父系制社会からなる現代のこの人類社会を、数千年からせいぜい一万年足らず、史的にわずかに遡れば、人類のほとんどが、母系制社会および、それ以前の家族制度下の社会であった時代に行き着く。この古き時代は、父系制社会の時代に比べれば、遙かに長い。数万年、数十万年という悠久の時の流れの奥に、その先端を没している。

人間、および人間関係の在りように、遺伝的負荷を与え続けながら、人類を育んだ揺りかごが、この原始母系制社会乃至それ以前の原始社会であったとすれば、この社会の研究こそ、人間とは本来何者であり、何者であるべきか、何者であることが真に幸福であるかという問い、人間関係の本質を問う問いにとって、基本的に重要なはずである。

日本古代史は、原始母系制社会の研究にとって、一つの宝庫を提供する。アジア大陸から少しく離れて存在した時間が長かった日本というこの土地には、ほんの一、二千年前まで、古き母系制習俗は、相当色濃く残遺していたのであり、文献の批判的検討から、その実相を解析することが可能である。

当拙稿では、まずは、日本の西暦一世紀から三、四世紀にかかる古代史の真相に迫る試みを果したい。而して古文献の批判的検討などによって、古代の民の実相へと説き及んでみたい。