【前回の記事を読む】なぜお寺の山門に扉がないのか? その理由は、御本尊さまが私たちを迎え入れてくださる、その「お心」に理由があって…

コロナ禍の慶弔会法要

大小様々な不安を抱えて法要当日を迎えましたが驚くほどに円滑に穏やかに行持は進みました。御本尊さまのお導きや仏天から遷化された師匠の力も感じました。

師匠が遷化してから一年半の時を経て法縁の御寺院さま、檀信徒の皆さま、関係協力業者など当日お越しいただいた方も、ご参列できなかった方も含めて本当に沢山の方のご尽力によってこのコロナ禍にもかかわらず師匠の三回忌法要まで含めて慶弔会法要、無事に円成を迎えることとなりました。

このコロナ禍の中で法要を挙行しなければならないというご縁をいただいた自分はツイてないのではないか? とも感じたこともありましたが、苦しい時こそ仏さまは姿形を変えながら精進してやり遂げてみろと叱咤してくださり、苦しくも大いなる経験をさせていただきました。

冒頭にも申し上げた無常の世というのは人間いつどうなるか分からない、明日死ぬかも分からない、あるいは三十年先かもしれない。

確実なことは今を全力で自らのできることを最大限に努めて充実して生きていくしかない。今成すべきことは先延ばしていくのではなく今成していき、この一日を尊いものにしていくしかない。

コロナ禍を経験した逆境のいまだからこそ、さらに今後迎えるかもしれない様々な困難を乗り越えていくにはそれしかないと思うのです。

どんな時であっても「この世は無常ゆえに怠ることなく精進せよ」。お釈迦さまの最後のメッセージを胸に秘めて明日終わるかもしれない自らの歩みをただひたすら進めてまいりたいと存じます。