【前回記事を読む】常に失わない艶と、女体表現。レイトンの描く、なめらかで柔らかい、しかも肉感性の半歩手前で止まる優美な上品さとは…
第二章 「四天王」比較論からバロックへ
著名人との親交
ヴァージニア・ウルフ唯一の笑劇に描かれたウォッツ
当時、自由主義と平和主義を唱えたブルームズベリ・グループのメンバーであったウルフは伝統的な価値観の崩壊した後に必然的に生まれたモダニズムの、小説における先鋒になるのだが、余興ともいえるこの笑劇では、ヴィクトリア朝の前時代的道徳観念の権化として桂冠詩人テニソンと画家ウォッツとを登場させ、徹底的に茶化している。
当時の価値観でいえば、テニソンには同性愛の疑いという弱みがあり、ウォッツには三十歳年下の少女を娶ったという向こう見ずさがあった。
劇中、画家は画布からはみ出るほど大きく金銭欲マモンを擬人化して描く時代遅れの大作を仕上げるのに余念がない。
マモンのつま先にひれ伏す若婦人として擬人化されているのが節度(モデスティー)である。
この婦人のモデルを務める若妻エレンはその役柄に飽きはてて、若い「白馬の王子様」と駆け落ちすることを夢見ている(実際この夫婦は10カ月足らずで別居し、1877年に正式に離婚)。
新約聖書に基づくキリスト教倫理の典型的な対立概念の一つであるマモンとモデスティーとを主題に絵を描くこと自体が、この劇が書かれた第一次世界大戦後のイギリス上流社会では嘲笑に値するほど陳腐なことである。
実名で登場する画家は自分の姿を客観的に見ることができず、モデスティーの衣に天の川の星々をちりばめる発想を得て自画自賛。
有頂天となるが、次の瞬間、天の川が古代エジプトでは魚卵すなわち多産豊穣の象徴であったことを知り、発狂寸前となる。
しかしまた、次の瞬間にはマモン(mammon)とモデスティー(modesty)とは/m/音で語呂が合うと喜んで、あとは多産に道徳意義をこじつければ事足れりと思い込み、至高の存在(神)の定めた純潔と良識と高潔の精神がこの国にとどろく日がくると嘯(うそぶ)く始末。
芸術家が拠り所とするにはいかにも古びた倫理観であり、次世代のウルフによって滑稽化されるのは当然といえる。