壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事
(7)
「すんなりのぞみを聞き入れたら、誰か密告におよぶ者があらわれないともかぎらぬ。察せられよ、当寺にも、おもてで修行者づらをしながら、ウラでは密告に精を出す者がいるのだ。あのとき住職が、よしわかった、この子はここで世話しようとでも言えば、密告者が、僧録司(そうろくじ)か、あるいは漁門をたたいて、あらいざらい、ぶちまけるかもしれん」
「では……?」
「係累の尼寺に、紹介状を書くゆえ、安堵せよと」
曹洛瑩(ツァオルオイン)が、伏せていた顔をあげた。
「あ、ありがとうございます!」
私は、ただ、ただ、ふかく頭を下げたことであった。
「洛瑩(ルオイン)どの、見知らぬ土地の、しかもはじめての尼寺で不安もあろうが、この叙達(シュター)も、宦官になるまえは、雲水らとともに、読経も座禅もしていたのだ。そなたも、すぐ慣れる」
「だいじょうぶでしょうか」
曇明(タンミン)師がにっこりわらって答えた。
「ははは、迎えがくるまでの辛抱だ。尼入道のともがらと出家の生活をしてみるのも、わるいものではありませんぞ。両親あてに信書を書かれよ。さぞ心配しておられることだろう」
「はい」
辞去するとき、曹洛瑩(ツァオルオイン)が、耳もとでささやいた。
「きっとまた、会いに来てくださいね」
少しくもった表情のうえに、吉祥天の優美な微笑が、かさなって見えた。