壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事
(7)
「寺であずかってくれませんか」とたのみ込むと、住職は、はたして、しぶい顔をした。
「ほかならぬ叙達(シュター)の頼みでもあるし、与力してやりたいのはやまやまだが、この寺には、出家したての小坊主も多い。こんなに美しいお嬢さんが、寺に寝泊まりしているとわかれば、修行のさまたげになる」
「はい……」
それは、もっともなことである。
「このところは僧録司(そうろくじ) (寺院を統括・監督する役所)の目も、きびしくなっておるんじゃ。先だって、市内のある寺が、女性(にょしょう)を住まわせていると告発されて、厳罰がくだされたことがあった。僧侶は獄につながれ、住職はこうなった」
手刀で、二度、三度とうなじをたたく。
「ほんに、惜しい僧じゃった」
「寺は……?」
「なくなってしもうた。あとかたもなく」
曹洛瑩(ツァオルオイン)が、悲しそうな顔をしてうつむいた。
「お願いです。この子を、たすけてやってもらえませんか! ご住職にことわられたら、行き場がなくなってしまいます」
「事情はお話ししたとおりじゃ。あいすまぬが、力になってやれそうもない。お引きとり願おう」
住職は座を立って、行ってしまわれた。あとには、重苦しい夏の陽射しにあてられる黒戸(ヘイフー)の宦官と、ぼろの娘が残されるばかりである。
吉祥天(きっしょうてん)像が、なにごともなかったような微笑をたたえて、悩める衆生を見おろしている。私たちは、その前で、力なくうなだれるよりほかなかった。
「叙達(シュター)さま……」
洛瑩(ルオイン)が、うっすら泪を浮かべている。