壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(6)

曹洛瑩(ツァオルオイン)は、胸をかきいだくようなしぐさをして、恥ずかしげにうつむいた。

「それにしても、どうしてこんなことに……いった何があったのだ?」

みるみるうちに泪がこぼれ、頰をつたって落ちた。ほそい肩がぶる、ぶるとふるえた。彼女は、しばらくの間、言葉を発することができず、なにか話そうと口をぱく、ぱくさせるのだが、そのつど感情のかたまりがこみあげて来て、しゃくりあげてしまうのだった。

「むりに話さなくてもよい。落ち着いたらでいい。しばらく歩こう」

東華門から外へ出ると、筒子河(トンツホ)の水面から、涼風が吹きつけて来て、少女の髪を揺らした。

「……あのあと、わたくしは、父とともに、福建(フージェン)に帰りました。ですが、ほどなくして、内閣大学士の夏言(シァユエン)様もまた、わたくしの舞いをご所望なさったのです。旅費もすべて負担するから、もう一度北京に来て、歌とおどりを披露するようにと。しかしながら、このとき、父は仕事で、福建(フージェン)の地を離れることは、できなかったのです。

それで、父の代理として、親類の者が、ついてきてくれました。この者は、父の従弟にあたる人でした。道中は、お寺に宿をお借りすることが多かったのですが、明日は北京に到着、というところで『知り合いがいるから』と、民家に泊まらせていただくことになったので す。

ところが、この民家というのが、あの、人売り商人の家でした。寝(やす)んでいる間に、わたくしは、轡(くつわ)を嚙まさ れ、船艙へとはこばれました。家の裏は運河に面していて、そこには、人や物資をはこぶための船が、つながれていたのです。そのとき、父の従弟のすがたは、消えていました」

「………」

「不安でした……これからどうなるのか、怖くて、こわくて、たまらなかったんです。このまま辺境の地へはこばれ、売り飛ばされてしまうのだと思いました……さいわい、そうはなりませんでしたけど……船艙に閉じ込められたまま、ずっと……陽がささないので、それからどれくらい経ったかわからなかったのですが、手足を縄でしばられ、『出ろ』と言われました。そして、北京の街へと連れていかれたのです。そこに、叙達(シュター)さまがいらっしゃいました」

「そうであったか……」

泪が出そうになった。

「これから、どうするのだ」