「俺が吸っているのはマルボロだぞ。涼子には合わないんじゃないか? 付き合い始めた頃なんて『苦すぎる』って言ってむせてたじゃないか」
俺が言うと涼子はただでさえ大きな瞳をパチパチとさせて驚いていた。何か変なことを言ったかな。
「そんな昔に言ったこと、よく覚えてるわね。私ですら忘れかけてたのに」
「覚えてるさ。数少ない涼子のしかめっ面を拝めたんだからな」
「えー……変な覚え方しないでよ。失礼しちゃう」
プイッと顔を背けた涼子を見て、俺はいないはずの娘と相対したような気持ちになった。一回りも年上だと経験の違いも顕著で涼子は自然と俺を頼ったり甘えたりすることが多かった。『若く』ではなく『幼く』見えるのはこうした子どもっぽさも一因だろう。
「……なんで笑ってるの?」
「いやなに、親子に間違えられることもあったなと思ってな」
「あったねー、そんなことも。初めて高級なレストランとかバーに連れてかれた時なんか、周りには大人のオーラを振りまいてる人しかいなくて『エライ所に来ちゃった』って緊張してさぁ。料理とお酒の味が全然分かんなかったもん」
実年齢は三十を過ぎているというのに『もん』と言っても違和感のないところが、まさに“涼子”だな。
「って、そんな事よりタバコよタバコ」
「いや、それがな……」
死神に渡したとは言えないし、どうしたもんか。俺の異変を感じ取った涼子の眉尻は八の字を描くように下がり、瞬く間に表情を曇らせていく。
「持ってないの? 会社に買い置きがあったって今日、言ってなかったっけ?」
「や、そうなんだが、悪い。今は持ってなくてな。ライターはあるんだが……」
涼子。それはもう今日じゃないんだ。数日前のことなんだと伝えられないのが酷くもどかしい。
「そっかぁ。じゃあ仕方ないね。このまま立ってても疲れちゃうし、とりあえず座らない?」
正直言うと足下を白い蒸気で満たされたこの空間に座るのは抵抗があるのだが、断るとまた疑われてしまうだろうし、言う通りにしておくか。それは良いのだが先に座った涼子が違和感に駆られたように「あら?」と言った。
「どうした?」
「見てこれ。座った時にスカートのポケットに違和感があって……。なんで私が持ってるんだろ」
そう言って涼子が差し出したのはマルボロの箱だった。潰れた角や中途半端にビニールの包装が残ったそれは間違いなく、俺が死神に渡した物だった。
次回更新は2月14日(土)、11時の予定です。
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