【前回記事を読む】息子のことばかり気にする妻…息子に嫉妬し、「愛する女が他の男に入れ込んでいる」と思うようになり…
Case: A 夫の選択
こうなると涼子は意外なほど頑固だ。どうやら俺は話すしかないらしい。目を覚ました妻は俺に関する全ての記憶が無くなると死神は言っていた。だったら今ここで話したことも忘れるに違いない。俺が話すことによって涼子の気が済むのなら安いもんだ。
そう思って説明しようとしたのだが――
「……」
「どうしたの?」
「いや、それがだな……キミがここにいる理由は……」
なんだ? なぜ話せない。事の真相を離そうとすると口が勝手に閉じてしまう。縫い合わされているかのように上唇と下唇がくっついて離れないのだ。
「くそっ……そういうことか。抜かりないな」
「あなた?」
「あぁ悪い、ひとりごとだ。悪いが今説明することはできない。もう時間もないみたいだしな。今度話すよ」
「そう……。アナタがそう言うからにはちゃんとした理由があるのね?」
「……信じてくれるか?」
「もちろんよ。何年一緒にいると思ってるの。って言ってもまだ十五年も経ってないけど」
まだ十五年。十五年という年月はけっして『まだ』で括られるものではない。つまり涼子はこれから先何十年も俺と一緒に居てくれるつもりだったということか。涼子の心意気を自覚すると否応無しに目頭が熱くなる。
俺だって……もっと一緒にいたかったさ。できることなら永遠に、墓場まで、死んでからも。
「あなた。話を先延ばしにしてくれる代わりにお願いがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「タバコ持ってる?」
「タバコ? ……吸うのか?」
「えぇ。ここなら涼介もいないし、久し振りに吸ってみようかなって。たぶんだけど、ここって現実じゃないみたいだし吸っても影響なさそうだから」
俺が知る限りでは涼子はもう何年もタバコなんざ吸っちゃいない。ベランダで紫煙を燻らす俺を見て、思い出したように「私も吸いたい」などと言っていたのは涼介を妊娠する前の話だった。