【前回の記事を読む】近江神宮の石段を登って行くと、日本で初めて設置された水時計の復元模型が!天智天皇の歴史を感じる琵琶湖巡り
1~4日目
思い出いっぱいと古代のロマン大津京
歩き旅4 1月21日(土) 4日目
穴太―雄琴
一昨日と昨日は雪が少し降って自宅近くの干頭岳(せんずだけ)や袴腰山は白くなっていた。
今日は京阪電車石坂線(石山寺~坂本)の穴太(あのう)駅より歩く。坂本に向って旧道を歩くがそこは立派な石垣が連なる風情豊かな道である。さすがに穴太衆の古里と感じさせる。
穴太衆とは古墳時代から続いているとも云われる石積のプロ集団だ。戦国時代には安土城の石垣を積んだり、金沢城や彦根城も穴太衆の作と云われている。その技術は現在にも続いていて、一部ではあるが新名神高速道路の建設にもかかわったそうだ。
私はそれを知り、古い技術を使い続けて後世に残す日本の伝統の心温まる一例として、拍手を送りたい気分になった。
石垣を見て美しいと感じるのは、自然石を一つ一つ積み手造りによって出来上がったものが、見ている人の心に無意識に湧きあがらせる無言の力なのだろうか。坂本に向かう道は、そのような美しい石垣が増えて来る。山手には紀貫之の墓もあるようだが、そこ迄は登る気がしなくて省略する。
この辺りは琵琶湖の対岸に三上山が美しい形で見える。大津京の時代の人たちも同じ姿を見ていたかもしれぬと思うとなお印象深い。
そして坂本の町に入ると先ずは、比叡山に上るケーブルカーがある。そう坂本は比叡山延暦寺にお参りする表口で延暦寺の門前町であったのだ。坂本には比叡山から隠居した僧侶が住む里坊が五十以上もある。
続いて、全国三千八百の分社の総本宮日吉大社の鳥居が見えてくる。日吉大社
には大津京にまで遡れる歴史がある。
坂本は日吉大社の門前町でもある。日吉大社から湖岸に向かうが坂本の街並みは京都以上に古さを感じさせ両側に穴太積みで囲まれた里坊が並んでいる。
少し北には明智光秀の墓所である西教寺もあるが今日は足を延ばす余裕はない。その里坊群の中程にある有名な〝鶴㐂(つるき)そば〟で昼食を食べる。さすがに旨かった。有名であるから努力もしているのだろう。
坂本から雄琴に近づくと苗鹿(のうか)の街を通る。古い街並みが残っていて歩いていて
も見飽きない。雄琴迄旧道を歩いて湖西線の雄琴駅、と思ったら駅は山手でその登りがきつい。一緒に歩いていた地元の人でも辛いそうだ。やっと登り切って四日目終了。