【前回の記事を読む】新しい傷だろうか、樹液が流れ出ていた…琵琶湖で見つけた、松の“斜めの傷跡”。戦時中、日本が松脂で作ろうとしたのは……やっと白髭神社の鳥居が見えてきた。湖中に立っているので遠くからも見やすい。一つの目標が見えるとホッとするのはこの旅を通してのならわしになってきた。白髭神社の手前にはそば屋や食堂があるのが分かっていたので今日の昼食は楽ちんだった。十割そば白髭の看板の店に入ってざる…
[連載]テクテク琵琶湖渚を一周してみたら
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第9回】原田 道雄
旧道の墓地に、太平洋戦争・ルソン島で亡くなった兄弟の墓が並んでいた。それは子どもの頃、母が何度も訪ねていた家の息子たちで…
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第8回】原田 道雄
新しい傷だろうか、樹液が流れ出ていた…琵琶湖で見つけた、松の“斜めの傷跡”。戦時中、日本が松脂で作ろうとしたのは……
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第7回】原田 道雄
JR湖西線・小野駅から出発、1.8万歩の散歩コースへ。小野妹子の墓をのぼり、和邇の街へ歩くが人っ子一人おらず…
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第6回】原田 道雄
立派な石垣が連なる風情豊かな旧道。そこは安土城の石垣を積んだ石積のプロ集団・穴太衆の古里
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第5回】原田 道雄
近江神宮の石段を登って行くと、日本で初めて設置された水時計の復元模型が!天智天皇の歴史を感じる琵琶湖巡り
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第4回】原田 道雄
かつて魚が群れた湖で、今は静寂だけが残る――歩いて見えた琵琶湖の「今」と「昔」
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第3回】原田 道雄
昭和31年春、母校が甲子園に出場――私は応援団の太鼓を任され全力で叩き続けた
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【第2回】原田 道雄
ある夏の日、大事な放送があると知らされ、父にラジオの前に座らされた。暑い日の正午だった...
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エッセイ『テクテク琵琶湖渚を一周してみたら』【新連載】原田 道雄
心臓病&脳梗塞 経験あり85歳「琵琶湖一周は約240キロ。歩いてまわってみよう!」毎日コツコツ、その計画やいかに?