「そんなことはない。俺だって背が伸びたのだ」

少し踵を浮かせて対抗した。日爪はホッとし、二人のやりとりを温かく見守った。

山田は稚鷦鷯がずぶ濡れであることに改めて気付いた。

「凍えてしまうわ」

そう言って、懐に入っていた布を稚鷦鷯に差し出した。

「ありがとう」

フワッと二人の手が触れた。

山田は触れた手をパッと自分の体に引き寄せ、二歩後退した。そして、

「だ、だから、何をしていたの? こんな寒い日に川に入ったりして!」

と、顔を真っ赤にして問いただした。

「あ、うん。鯉か鮒を捕まえようと思ったのだ」

顔や髪を拭いながら答える。

「魚を? あんなに音をたてていたら、魚は逃げてしまうわ」

「ふーん。そうか……」

「何も知らないのね」

顔の火照りもひき、山田はいつものようにませた口調で言った。

稚鷦鷯は川を覗き込みながら、

「魚を捕るのは、意外に難しいのだな」

と、つぶやいた。

「魚を捕まえてどうするの?」

「うん。父上に食べてもらおうと思ったのだ。鯉は、〝精がつく〟って、膳夫(かしわで)(料理人)たちが言っていた。病に勝つには、体力が必要だからな」

稚鷦鷯は宮を見ながら言った。

今、二人の父である億計大王は病に伏している。若い頃は精力的に政を行っていた大王も、そろそろ五十歳になる。老年となり、体も弱ってきていた。

山田は口を押さえ、

「えっ」

と、微かな声を漏らした。弟は川で遊んでいると思ったのだ。子供っぽいことをしていると、咎めようとすら考えていた。

 

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