僕は作業所に通うことになっていたが、父誠司が肺がん、母幸子がアルツハイマー型認知症になって家の手伝いをすることになったので、仕事はしていない。

人には「介護」と言うこともあるが、両親は単独で家から出られないため見守りが必要なだけで、着がえも、食事も、排せつも自立しているので、どこが介護なのかよくわからない。

ただ、体力が落ちている父は、欲しいものは僕にせがまないと手にすることができないし、母は家から出ると迷子になってしまったり、僕が話を聞いていないと、おかしくなってしまうので、つきそっているだけでも一応は介護といえるのだろう。

僕自身について言えば、医師からは就職はまだ早いと言われている。

いまの自分にできるリハビリは、家事の手伝いをしたり、小説を書くことだった。

リハビリの一環として、料理をすることを医師から課せられた。料理は、肉を焼きながらにんじんを切ったり、複数の動作を並行して行なうので、脳の回復に役立つのだそうだ。以前は母もまだ頭がクリアだったので、料理は母から教わった。おかげでカレー、肉じゃが、シチューなどは作れるようになった。 

また医師は、僕を高次脳機能障害と診断したとき、君の好きなことは何だとたずねた。僕は小説を書くことだと答えた。

少年のころ、作家の村上龍さんがこんなことを言った。

「十代に敗北感を味わったことのない者には、小説は書けない」

その言葉は強すぎる親の言いなりだった僕の、心の支えとなっていた。

好きなことをするのが脳には一番良いらしい。事実、文章を綴ることは一定レベルの脳の回復に役立った。もっとも、文学賞に応募しても結果は落選続きで、落ちるたびにずーんと沈んでいるけれど。

 

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