【前回の記事を読む】初めて訪れた横浜海軍航空隊の面会所には、戦時とは思えぬ卵焼きの甘い匂いが漂っていた
二 横浜
夏のお盆にその状況は急変した。横浜に奈津の母の妹にあたる喜子が嫁いでおり、商売をしていた。丁度その叔母が母の実家の法事に帰省しており、母と会ったらしかった。
母が言うには、妹夫婦は子供に恵まれず、叔母の年を考えるともう子供を授かることは期待できないので、家業を継げる養子を探しているとのことだった。母の家は跡継ぎも決まっているし、どちらかの女の子を自分たち夫婦の養女にできないかと相談されたらしかった。
父母からその話を聞いたとき奈津は飛びついた。あとから聞いた話では、両親はおとなしい性格の妹の亜季を養女に出してもよいと考えたらしかった。しかし親元から離れ、一人で都会生活することの不安から、まだ幼さの残る亜季からは良い返事はなかったという。そこで試しに奈津に話が来たのだ。奈津は即答した。
「私、横浜に住めるなら叔母さんの家に行きます。横浜に住みます」
両親はかなり驚いた。
「横浜なんか行ったこともないところだぞ。それも塩や乾物の卸問屋をしているのだから、これからは商売の手伝いもしなければいけないぞ。お前は先生になりたいのだろう。それを諦めてよいのか。養女になるとそのうち婿を迎え、ゆくゆくは商売を継ぐことになるが、それで本当によいのか」父は奈津の本心を探るように言った。
「ええ。進学する人は東京や大阪にみんな一人で行っています。叔母さんの家の仕事も覚えます。その代わり、夜は専門学校に通わせてほしいの。横浜ならば夜間の学校もあるし、もう少し色々な勉強をしてみたいの。それができるなら横浜に行ってもいい」奈津は心踊っていた。
そのあと、両親と横浜の叔母夫婦が話し合った結果、奈津を横浜の家で受け入れることになった。ただ奈津が専門学校で学びたいとの希望なので、今すぐに養女にするのではなく、横浜の叔母の家に下宿して、昼間は問屋の仕事を手伝い、夜は専門学校に通えばよいことになった。
養女になるかどうかは、これからの横浜での生活や問屋の仕事を奈津が気に入るか分かってから、改めて話すことになった。