【前回の記事を読む】仏の世界へ旅立った寺院の応援団長が体現した生き方とは? 菩提寺を護持するために改めて考えたいこと
コロナ禍の慶弔会法要
「この世は無常ゆえに怠ることなく精進せよ」
令和二年に始まったパンデミック、コロナ禍以来、私の心に一番響いた言葉が、お釈迦さまが涅槃に入られる直前に沢山のお弟子さま方に最後にお示しくださった、この言葉でした。
お釈迦さまにお示しいただいた無常とはこの世とは常に流動変化するということです。良いことであっても悪いことであっても必ず終わりがあります。コロナ禍も必ず収束する日が来るかと思います。
しかし無常の世であり流動変化するということは今後もっと怖いウイルスが発生する可能性だってあるかもしれないのです。だから目の前の状況がどんな状況であっても前向きな気持ちでいることに私たちが歩むべき真実の生き方があると思うのです。
自らのできることを最大限に努めて充実して生きていくことが怠ることなく精進せよということだと思うのです。
令和元年十一月二十二日に私の師匠であります大満寺三十一世重興寳山廣宣(じゅうこうほうざんこうせん)大和尚が遷化し仏の世界へ旅立ちました。百カ日が令和二年の閏年(うるうどし)の二月二十九日でした。
百カ日が過ぎると世界はコロナパンデミックの大混乱が始まりました。弟子にとって師匠は特別な存在であります。 師匠が生きてこのパンデミックに直面したらどんなことを思い、どんなことを示してくれたか想いを馳せるとともに法力のあった師匠が亡くなったから、こんなパンデミックが起こってしまったのではないか、そんなことさえ感じたものでした。
令和二年十一月の一周忌に予定していた師匠の本葬儀と併せて行う予定にしておりました私の晋山式(しんさんしき)を併修して慶弔会法要として予定しておりましたが、時期的に挙行することができず令和三年の五月に半年の延期となりました。
晋山式とは住職にとってまさに一世一代の法要でございます。自らの法幢(ほうとう)を建て大和尚となり住職としての生き方、矜持をどう表現するか、発願を起こしたのは平成三十年のことでした。
しかしその後コロナ禍に直面し、私たちの新しい生活様式なども示されて生き方自体変わらざるを得ない厳しい社会状況の中でお寺の行持を勤めること自体、本当に意味があることなのか、師匠の本葬儀は勤めなければならないにしても晋山式を挙行する意義があるのか?
行持に重きを置く私ども曹洞宗門であるのにコロナ禍の中で大きな不安に直面し命の重さの前にこの晋山式はとても小さいことに感じました。
これ以上いろいろな方にご心配をいただきながら法要を執り行うことはやめた方がいいと何度も頭の中をよぎりました。しかし相反して何としてでも勤めなければならないという想いも心の中から湧き上がって来るのです。
なぜなら師匠が生前、私の晋山式をとても楽しみにしており、どのような形で関わっていくか思い描いていた時に急逝した為であります。何としてでも執り行わなければという想いはありましたが答えは出ませんでした。