【前回記事を読む】江戸時代はホトトギスのさえずりで頭痛がするほどだった!? 日本の詩歌や文学にみられるホトトギスの特徴とは

一、美しい日本の山々

五 思いつくままに 平成10年12月2日 日本海新聞 潮流

微妙なるもの

初夏のこと、とある昼さがりクラシックを聞きながら屋敷の庭をいじる。驟雨(しゅうう)に驚くがままよと濡れるにまかせるも冷えるので切り上げる。明るい浴室で温かいシャワーは心地よい。

衣を替えて実に爽快な気分で書斎に入る。机上には友より文きたる。急ぎ封をひらけば懐かしい数々が心を豊かにしてくれる。持つべきは心の友なりとふと窓をみれば夕立は去り早や薄日がさしている。

庭の樹木に眼をやれば雷雨は雨滴となり青葉、青葉を伝わり落ちて時折キラッと露光る。思わず硯を持ちて受けとめたい衝動が湧く。五滴六滴で硯海(けんかい)は既に満潮。落ち着いた心で墨をする。友への筆をとる。陽はまだ高い。

人間の暮らしとか営みには微妙なるものがある。自然で素朴なのがよい。現代諸悪の根源は成長至上主義にある。人物育成も経済も追求が余りに急すぎた。組織の自己増殖の過程でそれを失ったであろう現代人の悲哀が聞こえる。

微妙なる営みの中に人間らしい含蓄、風韻が生まれる。その為には発酵と熟成の時が要る。それには自然になることよ、虚を以て養うことよとの内なる声が囁き呟く。

失せてゆくもの

若さとは何と素晴らしきものか。未来がある。いのちが溢れている。万金のカネ地位など比較にならぬ。若さのさ中はその価値に気づかない。

失って初めて知る。加齢と共に父も母も失い友も失ってゆく。老齢になり健康も一つ二つと失ってゆく。それが生けるものの定めだと沁々と知る。