弟は、その眼鏡を使って太陽の光を集めて黒い紙が焼けるかどうか試したいと言ってきた。弟は頭脳明晰で雑学王だ。今でも時々、うんちくレクチャーをしてくる。

この家族内では、ストレートパンチしか飛んでこない。今も逆にそれが私を救ってくれている。祖母は私たち姉弟をいつも褒めてくれ、面白くて笑顔の素敵な優しいお婆ちゃんだった。

前項にも述べたが、警察病院入院中は祖母が付き添ってくれた。入院中に祖母の暗い表情は見たことがない。退院後も私たちと一緒に暮し、働いていた母の代わりに面倒をみてくれていた。

ある日、私のおねだりで、料理番組で見た豚肉のチーズはさみ揚げを試行錯誤しながら作ってくれた。最高に美味しかった。姉と弟にも好評だった。

次はミートスパゲッティに挑戦してくれた。だが、なぜだが和風の味がした(笑)。

途中から祖母は一緒に住まなくなったが、私たちが会いに行くと食べきれないほどのご馳走で出迎えてくれた。よく話を聞いてくれる明るいホッとさせてくれるお婆ちゃんだった。祖母は二〇一七年の年の瀬に亡くなった。

父は仕事が忙しいのを理由に、私が入院中はあまりお見舞いには来なかった。きっと、父の少し弱い部分が私のしんどい姿を直視できなかったのだろう。それは現在も変わっていない。

父は、私がベストな環境でベストの治療を受けられるように一生懸命働いてくれた。それに加え、父は私に生きていく術を身に付けて欲しいと言いながらも、私がつまずかないように先回りして石橋を何度も叩いてくれている。