デミグラスソースは、市販の物を使うなら、バターと醤油、さらにはちみつなども加えると美味しくなると教えてくれた。私は食べるのが専門だから、お料理はあまり上手でないと話した。

彼が「春ちゃんは食いしん坊だね」と言って笑っている。その中でも私に何かできることはないかと、カウンターにスプーンとフォークを並べセッティングした。子供の頃父が私にカトラリーの準備をさせた事を思い出した。磨かれたシルバーがなんだか新鮮で、大人になった気分だったことを思い出す。

そのうちに、デミグラスソースのオムライスが出来上がった。照史は一つ一つの動作や言葉など、その所作全てが柔らかい。私の心は癒されて彼の内面にどんどん惹かれていく。

生涯をかけて一緒に時を刻んだら、どんなに楽しいだろうと心にまた新たな希望が芽生えていた。しかしながらその瞬間から強烈な違和感を感じた。

身体の輪郭が薄くホログラムのようだ。「これはなんの情報だろう……」。私は咄嗟に照史の手を離さないように力強く掴んでいた。そして違和感に目を瞑って堪えた。

彼は私を不思議そうに見つめている。

それゆえ貝のように口を閉ざしていると、照史は私をそっと抱きしめ安心させるように「いつもそばにいる」と言った。

私の抱きしめ返す手にも力が入りしばらく身を委ねた。

「照史くん、嘘はつかないでね。私にはわかるの」

「嘘か……。僕は時々わからなくなる。愛は正直さか、それとも優しい嘘が正解なのか」

この時、私は自分の癖を初めて嫌だと思った。目には観えない、そこにある情報を知ってしまう。それによって心の準備を飛ばしていいはずがない。照史は確かに隠し事をしているが、ただ身に迫る何かはまだ知りたくない。

それから二人は、事実を受け止めたくなくて、当たり障りのない止めどない話を続けた。よってそろそろ帰宅の時間になっていた。私は時が経つのが早過ぎると文句を言った。今度はいつ会えるかと、すぐにそれが気になった。彼はすぐに会えると言うが何となく疑ってしまう。

照史が微笑み私の額にキスをした。「子供じゃない」。と思いつつ、今夜は一緒にいたいと素直な気持ちはとても言えない。

 

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