仙一は、あれ以来八重子が忘れられない。初めての八重子との行為が忘れられない。八重子の、透き通る様な白い肌が、行為の中で汗に光り、滑りと共に隠微なリズムと音が耳に蘇り、再びあの時の様な関係を持ちたいと思っていた。明けても暮れても仕事の合間にもその事で頭が一杯で、収まらないその気持ちが今、仙一の全てを支配していた。
ここから歩いても3、4分程の距離に彼女は住んで居た。
しかし、仙一はそこへ行く勇気がなかなか持てなかった。
たった一度の、行きずりの様な関係で、彼女に愛などはないだろう。
仙一にとっても、あの時の性行為が八重子の全てだった、今のところは。
色白で美人の30代のしかも性技に長け、向こうから仕掛けてきた事に裏がある様にも思える。
しかし、仙一にとっては初めての女性との経験だった。
仙一も、藤田と八重子の関係をまだよく掴めてはいない。
八重子は旦那もいない独身の筈。しかし、自分がこれからどれだけ八重子が好きになろうと、簡単に事は運ばない気がした。仙一は、八重子とはたった一度の関係を持っただけで、藤田には何の意味もないだろう。藤田は中年を過ぎて、妻も成人した子供達もいる様だ。
自分はまだ18歳の若い一介の新米社員である。
それとも自分の〝男性〟が標準ではない事、それは仙一が昨年に入社して間もない頃から社員風呂で、先輩の一夫に冷やかされ、他の先輩達にも確認され、それが社内で話が広がってみんなの知る事となって久しい。藤田が喋ったのだろうか、その事が八重子の耳に入り、せがまれた藤田が、八重子の家へ注文の日本酒配達を口実に仙一を差し向けた。
いわば八重子への貢物として仙一が選ばれたのか。あるいは賭けをしたのか。多分、後者の賭けをした方が筋が通るのではないか。
八重子が、藤田と清酒一本を賭けて仙一をモノに出来るか否か。
仙一は事の始まりを思い起こし、そのシナリオが一番分かり易いと思う様になってきた。
あの時、事の後で裸で俯けになって寝そべっている仙一に、着物を巻き付けただけの姿で、背中に身体を預けて「やっぱり大きかったわ」と、仙一の耳元で囁いた。おそらく八重子が、藤田と酒一本で〝仙一〟を賭けて、モノにした事が、仙一の中で確定しない結論となって治まった。
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