え? ぼく? マンガや小説には、ときどき自分のことを"ぼく"と呼ぶ女の子(だいたいにおいて不思議ちゃんだ)が登場するけれど、リアルで自分を"ぼく"と言う子に出会ったのは、たぶん生まれて初めてだ。

「でもさ、指示どおりのバスに乗ったら、うちの生徒の貸し切り状態で、ぎゅうぎゅう詰めになることは、火を見るより明らかじゃないか。そんでもって、バスを降りたら降りたで、その人たちといっしょにこの夏空の下、隠れる場所もない道をバターン死の行軍よろしくぞろぞろと行進しなきゃいけない。それって、うんざりの満漢全席だよね」

ばたーん? まんかんぜんせき? なんのことやらさっぱりわからない。こうして話を聞いてるだけでも、予想した以上に不思議な子だ。

「そこでボクは、集合時間から逆算したんだ。寮の集合時間は、交通機関の遅延なども考えてかなり余裕をもって設定してある。二十分後にくる次のバスに乗っても、なんの問題もなく集合時間には間にあう――そう推定したわけ。幸いというべきか、駅には、ちっちゃいけどちゃんと待合室があった」

「それで、わざわざそこで時間をつぶして、次のバスに乗ってきた……」

「そういうこと」と彼女がうなずく。

「ボクしか乗客のいないバスは気持ちよかったよ」

あれ? でもそれって変じゃない?

それだと、一便あとの電車でやってきたあたしと彼女は、タイミング的におんなじバスに乗りあわせることになったはず。だとすれば、ガラガラのバスのなかで彼女の存在に気づかないわけがない。

 

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