「人の顔をぼおっと見ちゃうの、癖なんだ。あえて言えば、これから合宿だっていうのに、日なたのバフンウニみたいに冴えない顔してるなあ、とは思ったけど」

一瞬、その場でぽかんとしてしまう。よくわからないが、ものすごく失礼なことを言われたことだけはわかる。そして、ものすごく失礼なことを言われると、とっさに言い返す言葉が出ないのだということも、あたしはそのとき初めて知った。

あたしは、なかば無理やりに口を開き「あはは。そういうのはさ、あえて言わなくてもいいんじゃないかな」と笑った。

「そんなことより――そちらさんこそ、なんでそんなくつろいだ顔して突っ立ってるの?」

「べつにくつろいでるつもりはないけど」

「だってさ、寮に集合する時間は十時だよ。もうすでに遅刻じゃない?」

あたしは、腕時計を指さしながら、自分のことを棚にあげてそう言った。

「ほかの生徒は、もっと前のバスを使って、とっくに寮に着いてると思ってたんだけど」

実際、事前にもらった「合宿参加にあたっての注意事項」には、わざわざ電車とバスの時刻表が掲載され、「電車、バスともあまり本数がありません。合宿開始に遅れないよう、時間には充分注意してください。早めに準備を整え、余裕をもった行動を心がけましょう」という念押しの一文まであったのだ。

すると彼女は、自分の腕時計をながめ、「んー」と少し考えてから、「ボクは、ちゃんと間にあう電車に乗ってきたよ」と答えた。