【前回記事を読む】春祭りに心を解かれた大和の姫――越国で見た祈りと笑顔、そして人間らしい豊かな暮らし
三、 花印
まだまだ川下の田んぼまで、太鼓や笛の音と早乙女たちの掛け声は続いていた。
「今はまだ、あの足羽山までじゃが、ゆくゆくは湊まで広げていこうぞ」
崩れ川(九頭竜川)がしょっちゅう氾濫し、この足羽川と南から延びてくる日野川が合流して、耕作している田んぼの奥は、湊まで続く大潟だった。小舟が行き交い、あちこちに津があるが、真正面の足羽山は離れ小島のようにぽっかり浮かんでいるようだった。
あの山からは、石が切り出され、石垣やら敷石やら川石とは違い、王族の所有となっているらしい。越のナカやシリにも出されていると大王から聞かされていた。
「民が安らかに暮らしていける天下を、王族は心がけることが大切なんじゃ」と、都度都度、大王は口にしていた。
雨の日が続いた。恵みの雨というけれど、やはり気が滅入ってきていた手白香姫に、倭妃から羽衣を新調したのでというお誘いが届いた。二番目の妃でもあり太郎王子妃の母親でもある倭妃は気配りの上手な、お優しい方でもある。
色とりどりの打掛が周りに掛けられ、生地が所狭しと台の上に並んでいた。また、刺繡糸がそれぞれ籠にあり、これも光沢があって素晴らしいものばかりである。
「どうぞ、手に取ってご覧ください。越の羽二重です。亡き太后様はそれはもう目が肥えておいででしたよ。大陸からの養蚕や織職人の手ほどきでここで作られてます」
手に触れてみる、越の絹、滑らかな感触が心地よい。
目子妃が他の妃たちと連れ立って入ってきた。
「お姉様、この日を指折り数えて待っておりました」と、手白香姫に気づき、お互い礼をとる。
「手白香姫は他の妃たちとはもう知り合いになられましたか」と、倭妃がやんわりと目子妃を制した。
「はい、目子妃から私が退屈しないように各宮へお誘い頂いてます」