【前回記事を読む】豪族たちの争いによって帰る処をなくした姫が異国の大王へ求めたもの――その真意とは?
四、 大王、意を決する
宰相孫氏は、大陸渡来人の末裔である。
言い伝えでは「呉越の戦い」後、越王勾践と参謀范廬が仲違いして斉国に逃れたはいいが秦国に敗れ、我がご先祖、かの高名な「孫子」の一族も共にこの蓬莱の地に辿り着いたそうな。来てみれば、南方九州より「呉」が北上し、また後年「秦」の方士・徐福率いる船団が淡路より入り込んできていた。嘘のような本当の話である。
越人と共に孫一族と范一族は、安住の地を求め、朝鮮半島を拠点に倭海を北上し、琵琶湖への湊(敦賀金ヶ崎)へと入ってきた。が、此処も半島からの流民が押し寄せては内陸琵琶湖へと流れていくのが度重なり、此処越のクチの大湊・大潟に辿り着いたらしい。「越王国」御国(ミクニ)の成り立ちのあらましである。
「水を利するは、天下を制す」
天の気を読み、水と土壌を計り、安住に暮らせる「越」にようやく根を下ろし、数百年が経つ。もともと海運国の越人エビスには造船技術や鉱物の生成技術、また稲作のための治水灌漑の知識があった。更に春夏秋冬と折り目正しい季節が助けになったのか。
琵琶湖より以北の地は山々が連なり、海岸沿いは断崖が立ちはだかり異民族の侵入を許さなかった。そして朝鮮半島南端に飛び地「任那」を設け大陸との交易を通じて、独自の王国を北へ北へと巨大に成長させていった。
宰相孫氏は危惧していた。――他国、この列島の西の国々との戦いである。特に「呉」や「秦」の子孫たちとの戦いは避けたい――
そして、ご先祖孫子の「兵法第十一篇・九地」を思い出していた。
「兵を用いる法には、九つの地がある。その最後のものを死地という」と記されていた。
手白香姫は、大王にとって九番目の妃になるだろう。大伴氏が姫の安全を危ぶみ連れてきたのはいいが、それでも大和の王女、後ろ盾のない王女である。――大和か、大和は丹波国と親しく、またあの百済国と通じているではないか。運の強い者同士ひかれ合う運命かも知れぬ――ため息が漏れた。はああ。