この時期、冬にかけて刈り出された材木の交渉で、妃たちの実家から長たちが来ていた。
――大和の情勢を確かめなくては。倭海を隔てた半島では、高句麗・新羅・百済の三つ巴の戦いが激化している、大陸からの要請で越は筑紫の磐井と、何度も新羅応援のため出兵しているが、今年も造船を急がなければと、考えを巡らせてはみたが、厄介だ。
厄介ごとがまた一つ押し寄せてきた。大伴氏が王女連れて大和王国内での内紛に手を貸せと押しかけてきた。慈悲の大王は手白香姫を放ってはおけまい――
宰相孫氏の悩みは尽きない。
越国の造船技術は優れていて、倭海を行き交う船のほとんどが越の船といっても過言ではなかった。航行の技術もあり、朝鮮出兵の折、水先案内をするのは越人エビスと決まっていた。風を読み、潮を読み、時を読む。
オホト王は三尾角折の造船場が好きだった。若かりし頃、一緒に大陸へ渡った船頭と船大工棟梁の船の設計を一緒に覗き込む。もっと大きくて速くて頑丈な船をと願っていた。
朝鮮出兵では筑紫磐井船団と組み、途中対馬で下船し、祈りを捧げる。当然、同じ釜の飯を食う気心の知れた戦友となっていた。磐井の者たちも造船技術を持っていたが、数は少なかった。九州豪族の統一が図れていなかったことが一因でもある。
「のう、皆の者、呉越同舟じゃ、そう思わぬか」大王オホトが口火を切った。
造船場を眼下に足羽山の頂きが王国の軍事拠点、作戦本部となっていた。足羽川と日野川が大潟に流れ込む離れ小島でもあり、出入りの様子・周りが見渡せる処だからだ。何よりも邪魔が入らないのが良い。幼少より大王のお気に入りの場所で、唯一女人禁制の場所でもあった。
「手白香姫を見ていると、王太后を思い出す。我が身を、大和を立てようと必死じゃ。あの姫には覇気がある」