第一妃の稚子妃は大王より十歳年上で王太后が崩御されてから、公の席以外は宮の外にはお出ましにならず、それでも七人の妃からの誘いは断れずにいたのだった。
これだけ多くの妃たちと仲の良い大王は、桁外れの強者であり、社交家・政治家でもある。母太后は帝王学を少年時代から徹底され、教育されてきた。子供は磨き方次第で社会の宝になる。と、妃たちと接してきた手白香姫は思った。
「生地を選んだら、手巾に刺繍しなければ。こういう絵柄は如何でしょう」
それぞれ話に花が咲いてきた。
「そういえば、手白香姫の花は何でしょう」と、麻績妃が一言。
「いえ、私にはわかりません」と答えるが、何を話しているのか手白香姫には本当に分からなかった。目子妃が説明する。宮それぞれが日常の衣服や持ち物を区別するために、印を花に喩えていること、これは子供や世話をする従者までもが決まり事として守る大切なものになると。――ああ、そういうこと――
「素敵な決め事ですね」
「これを決めたのが王太后様。妃をそれぞれ花にたとえてお呼びしたのが、いつの間にか目印になったのですね」
「手白香姫は好みの花がありますか。お生まれの季節はいつでしょう」と、それぞれ手白香を見ては草木の花を浮かべ口にする。
「月夜の綺麗な中秋に生まれたと亡き母から聞いてます」
七人の妃たちに囲まれ手白香は、か細い声で答えた。
「姫は菊だ。黄菊の印にするがよい」戸口に大王オホトが立っていた。
驚いた妃たちに、
「なになに、花は良い。香りも良いがそれぞれに風情がある。私は何かのう」おどけて聞き返すが、倭妃に、
「立派な龍のお印をご先祖様から頂いているのに、花印なんて何をおっしゃっているのでしょう」と、ぴしゃりと切られてしまった。
「はいはい、仰せの通り」笑いながら倭妃の手を取って今年の羽二重の出来を見て回る。
倭妃は大王と同世代、お互いが相手を引き立て思いやる姿、同胞の姿を見せていた。