第二走者 醸 (ミニチュア・ダックスフント) 平成九年~平成二十二年

犬の名前

ビーグル犬を飼っていたときは、車に乗せるのが一苦労だった。大きなケイジに入れて運ばなくてはならない。道中もうるさく吠え立てた。

もしも次に犬を飼うことがあったら、おとなしく車に乗ってくれる犬がいい、と私は思った。

大の犬好きな父が、長年の功績を表彰されることとなった。お祝いに何か贈ろうと考えた。大正生まれ、太平洋戦争では学徒出陣組で、日頃煙草は吸わないが、毎日日本酒を飲む。ビーグル犬がいなくなってしまって、私も夫も寂しい思いをしていた。が、一番寂しがったのは、犬好きの父ではなかったか。

「ドッグセンターに、灰色の変なのがいるぞ」

夫が何気なしに言う。ドッグセンターには、ケイジの中に柴犬やらポメラニアンやら、一匹ずつ入れられて外に置かれている。最近新しい犬がきたというのだ。

そんなことを言われたら、見に行かなければならない。いや、見に行くべきだ。見に行かない理由は、ない。

というわけで、翌日さっそく見に行った。

 

ほとんど二頭身かと思うような灰色に黒と茶が混じったミニチュア・ダックスフントが、四角な段ボール箱の中で眠っていた。

「まだ離乳してないので、毎日私が部屋に連れ帰って育ててるんですよ」

と、ドッグセンターの奥さんが言った。ほかの犬と違って、うら寂しい段ボール箱に入れてあることを言い訳するように。

犬の側から見れば、きっと四角な空を背景にいろいろな顔にのぞき込まれたに違いない。

ニコニコされてみたり、「何だこいつは」みたいな気色ばんだ顔に遭遇したり、たまには腕が伸びてきて触られたりしたのだろう。

 

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