若者は横顔を見せていたが、イザベラと目が合うと慌てて違う方を見た。
上の空のうちに劇は終わった。
叔母にお礼を言いながら外に出ると、イザベラはもう一度振り返って若者を見た。その途端、若者は雪割草の様な蒼白の顔になってうつむいた。
翌朝、叔母はモデナへ帰って行った。イザベラは、叔母の馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。叔母もいつまでもハンカチを振っていた。
その夜、イザベラは昨日のことを一部始終母に語った。母はきっぱりと言った。
「それは、フランチェスコ様です。フランチェスコ様は、あの暴風の中を朝からずっと野外劇場で待っていて下さったのだわ」
「それならお母様、どうしてあんな格好で……いくらおしのびでもひど過ぎます。もしもフランチェスコ様なら、私に全然敬意を払って下さっていません」
「あのね、イザベラ、フランチェスコ様は二つのわけがあって、そんな恰好でいらっしゃったのだと思うわ。先ず一つ目は……そうね、これは後回しにしましょう。
もう一つは、貴女が身なりとか外見にとらわれる人間かどうか確かめたかったのでしょう。図書館で貴女の人となりは大体お分かりになったはずだけど、今一度そのことを確認なさりたかったのでしょう」
「えっ、そんな……それで、結果はどうだったでしょう?」
「もちろん、合格よ。貴女はそんなことで人に対する態度を変える子じゃないもの」
「本当?」
イザベラは満面の笑顔になった。
「それで、第一の理由というのは何ですか?」
「このことは貴女に言わないでおこうかと思ったのですけれど……アルフォンソが聞かせてくれたんだけれど、ジョヴァンニやエンリーコたち、貴女の4人のあの従弟たちがね、最初にフランチェスコ様が図書館にいらっしゃった直後に、貴女の婚約のことを初めて知ったらしいの。
もうとっくにみんな知っているものと思い込んでいたけれど、あの子たちはまだ幼かったから何も聞かされていなかったのね。それが、思いもかけないことから突然わかって、ショックを受けたらしいの」
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