そんな彼にとって、ダーワットと一体化できず苦しむバーナードは、自分の鏡を見るような存在だった。ただしリプリーは、バーナードと違い、自分らしさを保つことができた。なぜなら、詐欺師という自分のアイデンティティーに揺るぎがなかったからであり、自分は偽者であると自覚し、自分らしさについて悩むことなどなかったからだと筆者は考える。
紳士たちの指輪Ⅱ
リプリーは、『太陽がいっぱい』で奪い取ったディッキーの指輪を、『贋作』でもいまだ形見としてはめていた。彼は感傷的になっていたのではない。ディッキーがどこかへ旅立つ前にリプリーに自分の指輪をプレゼントしたというつくり話を、ディッキーの父親ハーバートも、ディッキーのガールフレンドのマージも、ともに信じたのだ。
たとえリプリーが田舎紳士に成りあがり、新しい生活を始めていても、彼とディッキーの「友情」の証として、ディッキーの指輪を肌身離さずつけていなければいけない。
リプリーはダーワットに成りすますときは、ふだんはめている結婚指輪とディッキーの形見の指輪をはずし、メキシコで買った指輪をはめた。そうすることで、メキシコ在住(ということにしている)のダーワットに成りきることができた。
マーチソンは、二つの指輪――結婚指輪と卒業記念の指輪――をはめていた。リプリーは彼を殺害し川へ投げ捨てたとき、二つの指輪をそのままにしておいた。『死者と踊るリプリー』で彼はそのことを後悔することになるだろう。
(註1)小林秀雄『ゴッホの手紙』新潮文庫一一七‐一二一頁。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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