リプリーは、幽霊のように、ストーカーのように、彼の後をつけた。やがてバーナードは、ザルツブルグの町から八キロほど離れた山道に入り、崖から身を投げた(あるいは転落した)。
リプリーはバーナードへの友情から、彼を死に追いやった自分を責めたりもした。しかしバーナードの死は、ダーワット贋作の真相を闇に葬る絶好のチャンスなのだ。詐欺師リプリーは、どうやってごまかそうかと考えた。
『トムは、自分が本当はバーナードの自殺を心のどこかで願っていたのだ、ということを悟(さと)りはじめた。(中略)トムはまた、自分がバーナードの死体をほしがっていること、そしてその考えがいままでずっと心の底にあったことに気づいた。
もしバーナードの死体をダーワットのものとして使ったならば、今度はバーナード・タフツはどうなったのかという問題が残る。その問題はあとで何とかしようと、トムは思った』(本書四二一‐四二二頁)
騙し通すために、バーナードの死体をダーワットの死体にすりかえることを思いついたリプリーは、徹頭徹尾知能犯であり詐欺師なのだ。
ところで、リプリーは妻エロイーズに、『あんな狂人(=バーナード――引用者註)のことをなぜそんなに心配するの?』と聞かれたとき、『友情さ』と答えた。『友情さ』という答えは、半分は妻にダーワット贋作の真相を悟られないための言い逃れであるが、もう半分は本当の気持ちだ。
リプリーのバーナードへの友情を理解するためには、『太陽がいっぱい』に戻る必要がある。『太陽がいっぱい』でリプリーは、ディッキー・グリーンリーフにあこがれ、彼の服をこっそり着たりして彼との一体化をはかったが、ディッキーに嫌われ、彼を殺してしまうはめになった。